おしつけ書家

小さいころから字を書くことが好きでした。

学校のノートに書く字がヒトよりチョットうまい程度だったと思います。
特に書道教室に通っていたわけでもなく、当然ですが段位や資格は持っていません。

亡くなった祖父は地元のデパートを定年退職した後も、店内のセールの案内やギフトの「のし書き」をする、いわゆる筆耕さんとして勤めていました。

おじいちゃんっこだった私は休みの日は部屋で筆を持って書く祖父の横に座り書く字を見ていることが好きでした。
自分の字はどこか祖父の字に似ていると思います。
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この歳になり書をはじめるきっかけとなったのは、家内とムスコが書道を習いはじめたことです。
中国の邯鄲の出身で日本在中の「李銀山」という先生の教室に通っていました。

電車で1時間かかる教室に、まだ小学生だったムスコを連れていくということで、「どうせなら自分も習ったら?」と家内が勧めてくれました。

基本的に我流だった私はせいぜい中学校の書道の授業レベルの知識しかありませんでしたが、中国の高名な書家の歴史ある書を臨書する体験はとても楽しく、そして李銀山先生のあらゆる書体をイッパツで書き上げる超絶技術に出会い感動しました。

残念ながら私は仕事の都合で時間が合わなくなりお休みさせていただいていますが、ムスコは今でも通い続けており、「楷書」に関しては私よりもはるかに達者です。

おかげさまで私は50歳を目前にして趣味が広がりました。
「おしつけ」ではありますが、ヒト様にお渡しすると決めて日々書いております。
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2019年の8月末当時に勤めていた会社を退職される方にお渡ししたのが『雲外蒼天』

この日以来、お取引先の方との商談の後や会食するときにお願いしてお題をいただき「書」を渡すということをして参りました。

私なりに1つのルールを決めました。
【会社の朝礼で、部下全員に書いた色紙を見せて説明する】

これは「ヒト様に渡す」「ヒト様に見せる」というプレッシャーを自分に与えて妥協しないように何枚も何枚も練習することで上達するためです。
(毎回、見せられるスタッフたちは迷惑だったかもしれませんが)

書の提供をはじめて1年経過した頃、3作目の「覚醒」をお渡ししたI氏より、銀座にオープンする高級クラブの看板を書いてほしいとご依頼を受けました。


まさかの「お仕事」としての書の提供の経験が1年で来るとは思いもよらず、恐縮しながらも謹んでお受けしました。

喜んでいただけることが、実は自分自身の最高の喜びでもあることを、1年間で少しですが体感できました。

まだまだ「おしつけ書家」は続けさせていただきます。

2020年 10月  
十吉商店  おいだひろし